2009年4月3日金曜日

桜花爛漫

この時期は様々な別れそして新しい出会いがある時期です。
そしてそのシーンには桜があります。
当地松山でも例年より少し早い桜(ソメイヨシノ)の一斉開花を迎えなんとなくウキウキする気分です。でも小中学校の入学式には既に葉桜になっているのでは・・・。

天気もいいので一昨日、昨日と当地の桜を自転車で追っかけてみました。
堀の内では早朝より公園管理者の方々がお花見客の為に丁寧に掃除をされていました。 お花見のベストポジションは場所取りをされているようで既に午前中からブルーシートが張られていました。

又この時期には桜がテーマの歌がよく謳われます。
良寛和尚の「散る桜残る桜も散る桜」を鶴田浩二さんが謳っています。


「散る桜残る桜も散る桜」
作詞 曽我部博士 作曲 市川昭介  唄 鶴田浩二

一番  
散る桜 残る桜も散る桜 いつか散りゆく この身じゃないか 
    男ごころに咲く花は いまをさかりに 咲けよ咲け
二番   散る桜 残る桜も散る桜 ひとり酒でも 盃ゃ二つ 
    忘れられない面影を 花にうかべて かさね酒

科白
「昨日出逢って今日別れ、黙ってうなずく花もある。
しかし、覚えていてほしい。別れるということは、また新しい旅立ちなんだ」

三番
 散る桜 残る桜も散る桜 所詮 短い命じゃないか 
    散ってしまえば みなおなじ 風の来ぬ間に 咲けよ咲け
四番 散る桜 残る桜も散る桜 泣くも笑うも はかない命 
    一期一会の夢おえば せめて別れの 花と咲け
五番  散る桜 残る桜も散る桜 せめて別れに歌おうじゃないか 
    男ごころに咲く花は 花と咲く身の 明日に咲け 花と咲く身の 明日に咲け 

【良寛墨宝展】最晩年の芸術と生涯 21.4.18~5.31(愛媛県美術館)



立花橋~中村橋左岸側

堀の内東濠より県庁を臨む

萱町(独法)国立印刷局松山分室前庭


2009年3月25日水曜日

佐古ダムボートコース完成

平成15年3月に完成した東温市下林の農業かんがい用水「佐古ダム」の湖面に、東温市ボート愛好者待望の静水面ボート練習コースが完成し、3/22(日)にオープニングイベントが開催されました。

ダムサイトで行われた開会式には高須賀功東温市長はじめ県体協強化委員長の山本巌氏(元ラグビー日本代表監督)ら来賓と共に、ボート競技でオリンピックに4回出場し次のロンドン五輪を目指している武田大作選手(ダイキ)も華を添えました。

参加者は大勢の地元小中学生と東温市在住の各高校大学ボート部OBなど。新設されたポンツーン(浮き桟橋)で武田選手と彼の母校愛媛大学ボート部員によるボート教室が開かれました。 開会式の間は湖面に白波が立っていましたが、その後は風もおさまり、ダブルスカルの滑るような漕法を披露した後は佐古ダム下の拝志小学校体育館に移動し、武田選手のボート競技解説や陸用練習機「エルゴマシーン」等を使った基本練習などがあり、さすがオリンピック4回出場の武田選手の話には子供達も目を輝かしていました。私も彼の親しみやすい説明に聞き入っていました。
当県は第一回「坊っちゃん文学賞」受賞作品「がんばっていきまっしょい」(松山東高校ボート部OG敷村良子さん作)でも紹介されているようにボート王国と言われ、明治39年に旧制松山中学に創設された後全県下に普及し全国的にも高いレベルですが、最近の軽量艇になってからは静水面の練習水面も限られており普及や底辺拡大にも限界がありました。公認コースでない短水路でも近くにあれば気軽に乗艇できる機会も増え、ボート人口の底辺拡大にも繋がることでしょう。

ボートはバランスのとれた運動量です。生涯スポーツとして欧州各国では四季を通じ老若男女が郊外の運河や湖水、海浜でシングルスカルやダブルスカルなどを楽しんでいる風景をよく見かけます。

【佐古ダム概要】
位置:東温市下林地先(旧佐古谷池) ※県道23号(伊予川内線)上林より下林へ上がる。
河川:1級河川・重信川水系 佐川川
設置者:農水省 中国四国農政局 道前道後平野農業水利事業所
ダム型式:重力式コンクリートダム
堤高:31.0m 堤頂長:210.0m 堤頂幅:4.0m
堤頂標高:EL147.0m 満水位:EL144.1m
満水面積:0.1K㎡ かんがい面積1.174ha

2009年3月23日月曜日

東京マラソン

今年3回目を迎えた東京マラソンは2016年東京オリンピックの招致キャンペーンの一環としてお祭りムード満載の首都最大のイベントとなってきました。
(写真は発売初日に購入した東京マラソンTシャツと東京オリンピック招致キャンペーンバッジ
)


東京の名所・ランドマークを巡る沿道28箇所で音楽・ダンス・伝統芸能などでランナーやギャラリーを楽しませる「東京マラソン祭り’09」を開催。
スタートの都庁前では六本木男声合唱団倶楽部の合唱、靖国通り新宿歌舞伎町入口付近では東京6大学応援団と日本バトントワリング協会の合同応援合戦、市ヶ谷防衛省前では陸上自衛隊第1音楽隊などの演奏で元気付け、10kmから中盤にかけては「情熱」を表現する応援、下町に入ると下町らしい伝統芸能の「粋」な応援、30km過ぎではランナーを「鼓舞」する和太鼓やよさこいなど、フィニッシュでは完走者を「祝福」する東京消防庁音楽隊はじめ数々の関連イベントも大いに見ものだった事でしょう。

世界の大都市を標榜するには市民参加によるマラソン開催が必須条件になって来たようで、1897年から開催されている映画「心臓破りの丘」で有名なボストンマラソン、パリの名所を駆け巡るパリマラソン、ニューヨークシティマラソンでは37,000人エントリーで35,000人以上が完走、ロンドンマラソンは4万人のエントリーで50万人以上の観客が沿道で応援、その他ローマ・シドニー・ベルリン・北京・ホノルル等々に多くの日本人市民ランナーもエントリーして楽しんでいるようです。

開催都市においては沿道のインフラ整備や各行政機関のコントロール能力などが問われ又大勢のボランティアのホスピタリティやインフォーメーション等も評価される事でしょう。
これらの大都市では周辺道路が約6時間余りの交通規制や通行止で空気がきれいになりCO2削減に大いに寄与しているとの事です。

当地松山出身でアテネ・北京と2度のマラソンを経験した土佐礼子選手は愛媛マラソンから11年間の選手生活に一旦区切りをつけるラストランを持ち前の粘りを発揮して女子3位で完走し感動を与えました。

2009年3月1日日曜日

水彩画展

一雨ごとに春らしくなるこの頃です。

今回は我が家のお隣で制作活動をされている白形毅史氏の水彩画展のご紹介です。
会場は松山市銀天街の北側にある新装成った「アートギャラリー・風」です。


元々はイラストレーターとして活躍されていましたが、手描きにこだわり四季折々に咲く花や野鳥、地元の里山や重信川の自然などをモチーフに透明水彩で描く絵画としての制作活動をされています。
又、写真家としても活躍され、以前には東温市重信川流域にある三ヶ村泉の豊かな生態系をいつまでも残そうと素晴らしい写真を残され絵葉書にもなりました。



2009年2月28日土曜日

ラグビー日本選手権

ラグビーシーズン最後の決勝戦、2年連続の同一カードとなりワイルドナイツ・三洋の2連覇なるか清宮監督率いるサンゴリアス・サントリーの雪辱なるかの決勝戦をTV観戦致しました。

母校OBの向井昭吾氏が東芝府中監督時代には日本選手権3連覇を成し遂げ3回とも秩父宮ラグビー場へ観戦に行きました。
今回も母校OBで突破力のある三洋2番(HO)山本貢君の活躍にも期待しての観戦でした。

折からの悪天候は回復しましたがグランドの状況はベストではない状況だったのでは・・・。

前半戦はPGにてサントリーが先行しましたが度重なるサントリーSO・曽我部のドロップゴールも失敗し9対3で折り返し、後半も息詰まる決勝戦に相応しい攻防が続きましたが、久し振りに怪我から復帰した三洋SOトニー・ブラウン(NZ)を投入し彼の絡む攻防からのトライで三洋陣が勢いづき、連続トライなどでサントリーを引き離し後半の強さが目立った三洋でした。


結果は16対24と三洋の2連覇達成、スタンドには三洋ラグビー草創期からの名物監督、懐かしい元総監督・宮地克実氏の姿も見られました。

2009年2月26日木曜日

Departures・おくりびと

早速ミーハー精神を発揮して、第32回日本アカデミー賞最優秀作品賞受賞、第81回米アカデミー賞〈外国語映画賞〉を受賞した話題の作品「おくりびと」を鑑賞しました。

特に主役の本木雅弘氏はこの秋よりNHKスペシャル大河ドラマ「坂の上の雲」で秋山真之役を演ずる事もあり興味がありました。
彼は「坂の上の雲」の役づくりの為当地松山を幾度か訪れ、秋山兄弟の生い立ちや足跡を尋ねて廻り、事前のリサーチや勉強を納得のいくまでやる方だと聞いておりましたので・・・。 (先にご紹介致しました梅津寺「cafe Moe Moe にもご来店されゆっくりされていたとの事です。2/21のブログ参照)
以前、彼の趣味でもある書道作品を見たことがありますが書にも彼のまじめに取り組む姿勢、性格が表現された素晴らしい作品で驚きました。(書道は8段)

今回の作品も構想に10年以上も費やし昨年9月に公開以来話題を呼び、その評価が今回のサプライズとなりました。

モックンのチェロ奏者や納棺士としての優美で流れるような作法・所作が随所に見られ、又全編に流れる久石譲氏音楽プロデュサー監修のチェロのBGMも心惹かれました。

今回の受賞で葬祭業界はイメージUPになり大きな励みになった事でしょう。
時同じくして個性的なカスタムカーメーカー・光岡自動車も「おくりぐるま」を発表して話題を提供しています。
 
日本特有の葬祭ではありますが、世界にも認められた新たな旅立ちへのセレモニー「おくりびと」として何かと考えさせる作品で緊張感漂う中にも笑いもあり素晴らしい作品と演技でした。

2009年2月21日土曜日

梅津寺界隈

梅津寺パークが3/15(日)で閉園との事、少年時代の思い出の場所がまたひとつ無くなるのは寂しい限りです。
子供の頃には家族で梅やサクラのお花見、夏は海水浴そして満潮時に納涼台の先端から飛び込むのを楽しんでいました。
小学生の頃には夏は水泳学校に通い、冬は寒中水泳などがあり、自宅から子供としては結構距離がありましたが良く通いました。

又、高校時代はボート部員として毎日通った思い出深い所です。

長らく遠のいていた梅津寺に、ウッディヨット(ケッチ)のオーナー&スキッパーがカフェをオープンしたとの事をヨット雑誌「舵」の掲示板で見つけ早速出かけてみました。

「Cafe Moe Moe」のオーナー・池田氏は脱サラし永年の夢であったヨットマンや海好きの方々の憩えるCaféをオープンしたかっただけあって、ヨットビルダーによるマリンテイストの内装、窓外に広がる梅津寺海岸素晴らしいロケーションです。

沖の一文字防波堤に沈み行くサンセット、時にはボート部員の漕ぐボートが眺められ季節を問わず落ち着ける空間となっています。

ボート競技でオリンピック連続出場四回を数え更に次回のロンドン大会出場に向けてチャンスを狙っている武田大作選手のホームでの練習海面でもあり、時には彼の練習風景も見られます。

昨年には「坂の上の雲」で秋山真之役の本木雅弘氏が梅津寺公園内にある秋山氏の銅像を見に来た途中に立ち寄り、ゆっくりされていたとの事です。又このお店は音楽好きの方も多くよくライブもされているとの事です。

マスターお勧めのハワイアン風カレーは人気があります。また初めての方にはクッキーかプリンもサービスしてくれます。 あちら方面お出掛けの際には是非お立ち寄り下さいませ。
「Cafe Moe Moe」 (カフェ モイモイ)
松山市梅津寺町1326-7(伊予鉄港山駅近く・浮輪看板が目印) TEL089-952-7313

2009年2月15日日曜日

野焼き陶芸

先の書道展に続き市内のギャラリーキャメルKへ、これも同じくT子さんの作品も展示されているとの事で鑑賞いたしました。 彼女は我々のヨット仲間で、数年前まで女性だけのクルーでチームを結成し瀬戸内海各地へ遠征しレース活動も活発にこなしていました。
普段の立ち居振る舞いはごく普通の日本女性ですが、JAZZピアノから俳句、はたまた世界各地へのスケッチ旅行などいつもびっしりとスケジュールがあり精力的にこなす女性でいつも感心させられます。
最近は書道や陶芸に親しみ新たな境地を拓いているとの事です。

2009年2月10日火曜日

書に親しむ

最近書道に親しむ方々が年齢を問わず増えているとの事です。
先月の終わりに旧知のT子さんから「書界展」のご案内が届き、まだまだ春には遠い寒い日曜日でしたが自転車にて、時にはあぜ道を走り四季の移ろいを体感しながら出かけました。

県立美術館南館3FでT子さんの「新古今集より」の作品を拝観した後は2F、1Fへと。
子供からベテランの作品が多く展示されており、私の母も以前から写経をしており興味がありましたが、今回は改めて書道ファンの多さに圧倒されました。

絵手紙なども盛んになってきていますが漢字1文字でメッセージを伝える「字手紙」も人気があるとの事。

現在放送中のNHK大河ドラマ「天地人」の題字揮毫はじめ世界陸上やB’ z、野村萬斎とのコラボレーションで有名な「武田双雲」のパフォーマンス書道もメディア露出が多く、様々な書道の楽しみ方があることを再認識致しました。

2009年1月19日月曜日

オバマ大統領誕生 

明日1/20の米国第44代バラク フセイン オバマ ジュニア大統領就任式を前に、日本国内では福井県小浜市や長崎県雲仙市の小浜温泉でそれぞれ勝手連を組織して盛り上がっているようですが、当地新居浜出身のお笑いコンビ、デンジャラスの「のっち」こと佐藤望氏(44歳)(太田プロダクション所属)も、 Yes ! we can ! と力強く宣言するオバマ氏のそっくりさんとして、いまブレイク中です。

昨年11月にはTV番組の企画で渡米し、セントルイスでオバマ氏演説会場最前列に陣取り、演説終了後には退席途中のオバマ氏との握手も実現させました。
「のっち」は俳優・藤岡弘氏を輩出した松山聖陵高校OBで、’88年に安田和宏とデンジャラスを結成、高校時代は駅伝選手として活躍し、いまもマラソンは続けているとの事。お笑芸人のともちか(松山出身)、元祖すべり芸人・村上ショージ(今治出身)ら同じ県出身者共々活躍を期待したいものです。

2009年1月15日木曜日

間寛平アースマラソン

恒例のTV特番「24時間マラソン」の初回ランナーであり、ギリシャ「スパルタスロンレース(L=245.3km)」は過去3回も制限時間内完走、08年3月には灼熱の「サハラマラソン(L=245.3Km)」を51時間余りで完走した高知県宿毛市出身のタレント&スーパーアスリート間寛平さん(59歳)が、昨年8/31に「間寛平アースマラソン」という壮大な計画を記者発表された。                                        ヨット雑誌KAJI(舵)1月号より
昨年12/17大阪を出発し、650kmマラソンで千葉県鴨川港まで。
本年1/1に鴨川港よりヨットにてロスアンゼルス・マリーナデルレイまでセーリング、その後アメリカ大陸をNY向けて走破、NYからはポルトガル・リスボンへ、リスボン上陸後ユーラシア大陸を走り中国・チンタオ(青島)へ、そして再びセーリングで鹿児島へ、その後大阪まではマラソンで走りぬくというとてつもないプランです。
総距離はマラソン20,000km、セーリング16,000km(8,639海里)合計36,000km。
マラソンは経験豊富ですがセーリングは全くの素人なので、寛平さんの元マネージャーでもあり同じ吉本興業グループに勤務する比企啓之氏(45歳)の指導の元、昨年合宿などで特訓を受けたとの事です。
セーリングに使用する船は比企啓之氏の「エオラス」(ブリストルチャネルカッター28F)を一部外洋ロングクルージング用に改造し船底には鯨よけのシャチの絵を描いているとの事。
本年1/1鴨川港出航時には大勢の見送りを受けて出航しましたが、その後折からの気象の変化により一旦近くの千倉漁港にて海況の回復を待ち、1/3再スタートして幾多のトラブルにも見舞われながら現在は順調に一路ロス目指して東進中です。

尚、潮っけたっぷりの航海日誌を随時ブログに公開されていますので是非覗いて見てください。ファンの皆様からの応援や激励のコメントが毎日大変な数です。

  公式ホームページ http://www.earth-marathon.com/
是非この偉業が無事達成出来る様心よりお祈りするばかりです。

2008年12月30日火曜日

平成20年ファイナル

今年は年度当初から我々にも直接的に影響のあった道路特定財源制度の一般財源化閣議決定に始まり、原油価格の乱高下、米国発100年に一度と言われる金融市場の混乱が世界の実体経済に大きく影響、一方では「食」をめぐる数々の問題等が大きく、北京五輪で活躍した日本選手の活躍などが影を潜めるくらい暗いニュースが多い年でした。
明るいニュースとしてノーベル賞では日本人4名の受賞者が誕生し、何かと自信喪失気味の日本人にとっては嬉しい話題でありました。 (正式には日本人国籍者は3名)

今まさに
「本日天気晴朗ナレド浪高シ、
皇国ノ興廃此ノ一戦二アリ、
各員一層奮励努力セヨ。」 です。

新年21年秋より3年間にわたり放送される司馬遼太郎作品のNHK大河スペシャルドラマ「坂の上の雲」や4/4からのしまなみ海道開通10周年記念作品の坊っちゃん劇場ミュージカル第4作「瀬戸内のジャンヌダルク・鶴姫伝説」などが楽しみです。
NHK:
http://www.nhk.or.jp/matsuyama/sakanoue/
坊っちゃん劇場:
http://www.botchan.co.jp/

「牛の歩みも千里」を念頭に一層励みますので変わらぬご指導、
ご鞭撻を宜しくお願い申し上げ年末のご挨拶と致します。

2008年12月28日日曜日

第88回全国高校ラグビー大会 

3年ぶりに花園出場を果たした新田高校フィフティーンの健闘もむなしく、埼玉代表・深谷高校にワンサイド完封負けを喫しました。

対戦相手の深谷高校は関東地区の強豪ですがやはり3年ぶり出場との事でした。数年前からトンガの留学生を受け入れてチーム強化に取り組み第79回大会では準優勝経験のあるチームです。
新田陣地を縦横無尽に走りまわり新田ディフェンス陣の果敢なタックルもことごとくかわされて、約5分ごとにトライの山を築かれました。

完全に実力差が鮮明に出たゲームでした。

部員数も60名と云う大所帯の深谷に対して新田は今のチームの部員が一時はたったの4名にもなった時期があったとの事、そんな中で大西監督はチームを再生し3年ぶりの花園出場にこぎつけました。
今後残された後輩たちがこの屈辱を忘れることなく、来期への教訓として決して無駄にせず新チーム1丸となって精進するよう大いに期待したいものです。

冬の花園での新田ラグビー部の活躍は我々に大いに元気を与えてくれ、楽しみにしている高校スポーツの一つです。
「All for one、One for all」精神で、これから長く続く辛く厳しい練習にもめげず、くじけず、頑張ってください。

新田高校ラグビー部の皆さん大きな感動と勇気を与えてくれて有難う!!

2008年12月1日月曜日

森の再生 その2

森の話の続きです。
遠い昔になりますが英国滞在中によく行ったロンドン市民憩いの場でもあるロンドン郊外のハムステッド・ヒース(約320haと云う広大な土地に森や草原、池などが点在する自然公園)を思い出しました。

この公園はロンドンを代表する公園の1つですが、市内にあるリージェントパークやハイドパークと違い人工的に整備されておらずほとんどが原始林で覆われています。
公園の北端にある、日本の音響メーカー「ケンウッド」の由来でもある、18世紀の名建築、白亜の館「ケンウッド・ハウス」近くの池のほとりで行なわれる野外コンサートが楽しみで、夏の週末には地下鉄で出掛けました。
BBC(英国国営放送)の専属5大オーケストラの1つ、BBCコンサートオーケストラはポップスやアンサンブルが得意で、演奏に合わせて打ち上がる花火が見ものでした。日本の東京ユースオーケストラなども夏の海外演奏公演などでよく出演するとの事でした。
料金はOn the greenが30p、Deck cheerで50p、聴衆はそれぞれが持参したサンドイッチなどを食べながら良質な音楽に浸りそれぞれの夏の夜長を寛いでいました。

折角の素晴らしい久谷町のふれあい林です。何か森とふれあうイベントやコンサートを開催して、もっと多くの方々に広く深く森の大切さや環境の事などを自然とふれあいながら周知啓蒙など出来ないかな~?と思うこの頃です。

2008年11月27日木曜日

森の再生

この所の地球温暖化などで「森の再生」が注目されており、実際の現場を見学してみたく、友人のお父上が久万高原町で林業を営んでいらっしゃるとの事で先週末に見学させて頂きました。まだ午前中だったので朝日で霜が輝き凛とした静けさの森の中へご案内頂きました。

枝打ちや間伐も行き届いており木漏れ日が差し込み下草の緑も元気よく、ヒノキの木々もしっかり威風堂々と山に根を張りすっくと立っていました。
しかしわが国の林業は、住宅洋風化が進み国産材の需要が激減し価格が下落、後継者不足で山の手入れも行き届かず衰退していくばかりですと嘆いておられました。
ただ一方では若者が山に還り新しい取り組みも始まっており、里山制度も各地で広がり森の大切さも見直されつつあるとの事。


又現在、国道の防災工事でも「森の再生=道路防災」と位置づけ、戦後植林された手入れ不足の人工林の間伐を進め、自然の山の防災力を高める新しい取り組みなども始まっているところです。我々川下の生活は川上の森林や山の様々な恩恵に授かりながら営まれている事を再認識して、今一度山や森に目を向けることが大切なのではと思いました。
その後、先月10/25~27に皇太子殿下のご来県を仰ぎ第32回全国育樹祭の行事の一環でお手入れ式が行われた松山市久谷町の「ふれあい林」を訪ねてみました。
同地で昭和41年に開催された全国植樹祭の時に昭和天皇・皇后がお手植えされた6本の杉は今年43歳との事、その杉のお手入れに皇太子殿下自らが率先垂範され全ての生活の源である森の大切さを全国へ発信されたのです。
ふれあい林は見事に成長し手入れも行き届き素晴らしい緑あふれる日本の未来を想像できる森となっていました。このような森が全国に拡がればまだまだ日本は大きな可能性を秘めており明るい未来が開けるのではと実感致しました。

2008年11月24日月曜日

高校ラグビー県予選決勝

朝から降っていた雨のニンジニアスタジアムグランドでの決勝戦は、第1シード校三島VS第2シード校新田の対戦。今期の新田はことごとく三島に負けており、花園出場をかけた今期最後の決戦でした。

キックオフ後、まずは三島がゴール前で新田のペナルティから15番から5番へパス、そのまま中央へトライ&ゴール成功。その後も前半戦は新田陣地での攻防が続く。
そして後半戦。開始2分頃新田10番のショートパントを11番がナイスキャッチし左中間へトライ、ゴールも成功して同点。
三島は新田陣地22mライン中央付近より13番がドロップゴールを狙うが失敗。続いて三島のハイパントを新田15番がキャッチ、左へ10番・11番とつなぎ中央へ回り込んでトライ&ゴールで逆転。13分頃にはペナルティゴール成功、25分頃にもトライ&ゴール。
最後ノーサイド前には三島も意地を発揮し1トライを決め、結果24対12で新田が3年ぶり44回目の花園出場を決めた。

新田高校は大西監督就任以来初めての花園出場となり、勝利監督インタビューでは、万感の思い耐え切れず熱いものがあふれていました。これまで耐えて苦しみ抜いた事がやっと花咲き実り、今後へとつながる事を願わずにはいられません。
花園では新田らしいラグビーを展開したいと胸を張り、インタビュー最後に選手達へかけた「おめでとう! そしてありがとう!」という短いコメントに全てが込められているようでした。
新田6番のプレースキックは100%の成功率、トライ5点に対して2点のゴールキックの成功は、花園に於いても大きな戦力となるでしょう。

2008年11月20日木曜日

建設フェア in 高知

先日11/14・15の2日間、高知ぢばさんセンターでの「くらしと技術の建設フェアin 高知」に当社扱い製品を出展し、来場者の方々には、NETIS製品でもあり非常に関心高く熱心に見て頂きました。
ありがとうございました。







さて高知といえば坂本龍馬。
ちょうど15日は龍馬の生誕日であり命日でもあるとの事で、市内では約20チームのよさこい踊り演舞があり、全国から龍馬ファンが多く訪れておりました。
翌16日には、龍馬像のある桂浜公園でも様々なイベントが開催されました(龍馬まつりin桂浜)。 2010年新春よりNHK大河ドラマ「龍馬伝」の放送開始も決まり、龍馬ブームは拡がりを続けることでしょう。
尚、当地・東温市坊っちゃん劇場でのミュージカル「龍馬!」も、高知市で20日間にわたる出張公演を終え、再びホーム公演を開始しました。
益々絶好調の様子は、坊っちゃん劇場オフィシャルHPのスタッフブログからも伺えます。
まだ見たことのない方は、是非足を運び、生のミュージカル「龍馬!」に触れてみてください。

2008年11月8日土曜日

AEDの事(続編)

7/4のブログでご紹介しましたAED(自動体外式除細動器)使用時に行う人工蘇生術(心臓マッサージ・人工呼吸)に新たな提言が御座いましたのでご紹介致します。

CNNウェブサイトのこぼれ話です。
米イリノイ大学医学部のデイビッド・マットロック博士が発表した研究結果によると、心肺蘇生法(以下CPR)における心臓マッサージを行う際に最適なリズムは、ビージーズのヒット曲、「ステイン・アライブ」であるとのことです。

1977年の大ヒット映画「サタデー・ナイト・フィーバー」の主題歌で、ジョン・トラボルタがさっそうと踊るシーンを思い出す方も多いのではないでしょうか。
(写真はCNNニュースより)

心肺停止している人の蘇生という緊迫した場面で、音楽を思い出しながら心臓マッサージをするというと、少々不埒な行為とも思われがちですが、実は米心臓協会(AHA)では、2年前から実際にCPRの訓練にこの曲を用いているそうです。
AHAの推奨する心臓マッサージのリズムは1分間100拍です。しかし、実際にCPRが行われる現場では、施術者が自分のリズムに不安を感じるとリズムが遅くなる傾向があると言われます。そこで音楽に合わせた練習が有効かもしれないということで選ばれたのがこの曲。オリジナルの「ステイン・アライブ」の拍子は毎分103拍とのことで、100に近いのです。
さあ皆さん、いざと云う時に備えて実践しておきましょう!
※Stain alive ( 元気で行こうよ!とか 生き続けようよ の意味)

★ CNN.co.jp ★http://www.cnn.co.jp/fringe/CNN200810170032.html
【関連サイト】
日本救急医療財団・心肺蘇生法委員会
日本循環器学会・心肺蘇生法

日本ACLS協会  

2008年11月6日木曜日

調停事件への功績表彰

刑事事件における「裁判員制度」が話題になっていますが、現代社会の不透明さを反映していつ当事者になるか判らない時代です。
刑事訴訟は別としても民事に関しては民間の良識のある人から選ばれた調停委員と裁判官による調停制度を利用される方も多いと思います。

そんな調停事案に永年関ってこられた調停委員や調停協会員の功績をたたえる表彰式が11/5にあり、旧知の方が「日本調停協会連合会四国支部長表彰」を受賞されました。
この方には当社設立時に伊予銀行本店人事部審議役で何かとご指導、お引き回しを頂き退職後は先日のブログ(10/1能面展)でもご紹介致しましたように現在能面打ち作家としてもご活躍されています。
永年の調停委員としてのご苦労に対しご慰労申し上げ、この度の表彰に改めて敬意を表し心よりお祝い申し上げる次第です。


2008年11月3日月曜日

東京ホテルウォーズ

生時代にアルバイトでお世話になった東京・パレスホテル時代の先輩より電話があり懐かしく当時へタイムスリップ致しました。
用件は、1961年開業以来幾多のリニューアルを経て47年間を経過し、この度’09年1月に全面改築するとの事で、同窓会を12月に開催するので非正規雇用だった私迄もお声がかかりました。

パレスホテルには、旧ホテルテート(貿易庁直営)から事業継承し開業したばかりの草創期1963年から東京オリンピックを挟み3年間、アルバイトウエイターとしてお世話になり様々な社会勉強をさせて頂き、カルチャーショックも数多く経験致しました。
←昭和31年頃のHOTEL TEITO(ホテル帝都)
現在都心では外資系高級ホテルの進出ラッシュが続き、迎え撃つ既存の帝国ホテル、ホテルオークラ、ホテルニューオータニなど数年前から100億円以上をかけてリニューアルし臨戦態勢を整えているとの事。
正しく東京ホテルウォーズ展開中です!
パレスホテルは、皇居前(大手門前)と云う事で皇族の方々も多くご利用されており、当時は皇居内馬場もすぐ近くにあり、ランチやティータイムにも乗馬スタイルでよくお見えになっていました。
歴史学者(古代オリエント史専攻)として東京女子大他で教壇にも立たれていた三笠宮殿下(崇仁親王)はよくお一人でランチに来られいつも決まった席に座られ読書や原稿を書いたりされていました。
非常に物静かですが気さくな殿下で店内が暇な時には話しかけられお相手をさせて頂きました。皇族の中でも先進的な考えをお持ちで当時「格子無き牢獄」と自ら皇室批判をされ物議を醸しました。
ご子息の故高円宮殿下も開かれた方で、スポーツ好きな殿下とは後にヨットを通じて交流が出来ましたが急逝されてしまい誠に残念です。又、政財界人の事務所も多く、リーダー格の方々の朝食会やパーティーなどもよく開催されていました。
隣接のパレスビルには海外航空会社(パンナム、キャセイ、アリタリア等々)の日本事務所も多く、海外からの経済ミッション御一行など外国人利用率の高いホテルであったと思います。
東京オリンピック開催中は普段の約3倍近くの来客があり、海外のリッチな選手は選手村ではなく我々のホテルにも多く宿泊されていました。中でも米国陸上選手のボブ・ヘイズは100m、4×100mで2冠に輝き、その後はアメフトNFLダラス・カウボーイズの俊足のワイドレシーバーとして活躍しました。非常にフレンドリーで離日の際にはサインと米国選手団のバッチを頂き感激したことを思い出します。他には馬術やセーリングなどの選手が宿泊されていました。

当時の方々は殆んどいませんが今でも上京の際には時々利用させて頂き懐かしい各セクションのメニューを楽しんでおります。
【パレスホテルHP】http://www.palacehotel.co.jp/index.html